カテゴリー「戦争を語りつぐ」の記事

2010年9月 4日 (土)

「全国空襲被害者連絡協議会」が発足

「市民の声ニュース」第78号  (2010、9、1発行)

●「全国空襲被害者連絡協議会」が発足●
   〜民間の空襲被害者にも、 国が補償を〜
 

8月14日、全国各地の空襲被害者や遺族らでつくる約20団体が参加して「全国空襲被害者連絡協議会」が発足しました。

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なんで今ごろ? と不思議に思う方も多いかも知れません。戦死した軍人軍属約230万人には恩給や遺族年金があり、計約50兆円が支出されてきましたが、空襲犠牲者約50万人には何の補償もされていません。

 

「戦争被害は国民が等しく受忍(我慢)しなけれればならないもの」というのが理由です。戦争だったのだから、殺されてもしかたない、それが国民というものの立場だ、ということです。

 

 東京大空襲などの被害者が国に謝罪と慰謝料を求めて提訴したのに対し、東京地裁は昨年12月「立法を通じて解決すべきだ」と請求を棄却しました。それならば、改めて法律を作らせようと、全国の団体が結集したというわけです。

 

しかし、「空襲被害者援護法」は、これまでに14回提出され、すべて廃案になっています。

 

このままでは、国民一人一人に、国は何の責任も取らないということです。国民の命はタダで消費できるという、戦争を起こす国家の論理を許すわけにはいきません。

 

 鹿児島県の空襲で左足を失った方が、「怖れているのは、再び戦争が起きて『君たちのおばあちゃんは受忍したんだよ』と言われること。子や孫のために受忍論を打ち破りましょう」と訴えています。

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約60万人の元日本兵が旧ソ連で強制労働させられ、多くの方が亡くなった「シベリア抑留」については、6月16日「シベリア特措法」がようやく制定されました。一人最高150万円の給付金、生存者のみへの給付と、内容は厳しいものですが、さらに、軍の幹部が抑留に同意していたとの事実の解明につながることを望みます。

 

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2010年5月 4日 (火)

Kさんの死を悼む

〜〜〜 Kさんの死を悼む 〜〜〜

  4月には、平和を愛する方の訃報が続きました。

  劇作家の井上ひさしさんが4月9日に亡くなられました。「9条の会」発起人として、また「世界平和アピール七人委員会」のメンバーとしても行動されていた方です。

  そして4月19日には、清瀬のKさん(享年79才)が亡くなられました。
私たち「清瀬•戦争を語りつぐ会」の催しにこまめに足を運んでくださった方です。

「もう、あまり時間がないから、できることを、できるだけやらなくちゃね」が口癖で、お孫さんとご主人のお世話、また多くのお知り合いの方のお世話に忙しい日々を縫って、チラシまきや集会に、文字通り馳せ参じてくださったお姿が、目に焼き付いています。

  Kさんは、敗戦時14才で、満州の女学校(たぶん寄宿学校)におられ、たまたま校長先生がソ連軍の参戦、日本の敗戦の情報を入手して、全員帰国を決めたために、生還できたけれど、満州に残られたお姉様は、ソ連兵に拉致され、行方知れずになったそうです。

 Kさんは、その後独力でお姉様の消息を探し、ソ連のある村でソ連人の妻として暮らし、その後自殺されていたことを突き止めました。お姉様がどのように辛い思いで敗戦、戦後を過ごされていたかを思うと、本当にやりきれない思いです。

 Kさんの反戦、平和に向けたエネルギーの核は、こうした体験でした。もっと、もっとお話をお聞きしておくべきでした。戦争を体験された方がどんどん亡くなられます。戦後生まれの私たちの責任が、日増しに重くなります。

 Kさん、お姉様とごいっしょに、安らかに。            合掌

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