カテゴリー「平和」の記事

2009年4月29日 (水)

5月の平和行動

5月の平和行動は、5月2日(土)に変更して行ないます。
午後4時から5時、清瀬駅北口ペデストリアンデッキです。

思い思いの、平和へのメッセージを携えてお出で下さい。

| | トラックバック (0)

2009年4月25日 (土)

Doblogが、ついに終了します

 「清瀬・戦争を語りつぐ会」の旧ブログ、Doglogが、5月30日でサービス提供を終了することになりました。寂しいですね。
 旧ブログの読者の皆様、ぜひこちらの新ブログをご訪問くださませ。

| | トラックバック (0)

2009年4月 2日 (木)

★ イスラエルによるガザへの軍事攻撃を、やめさせよう!

typhoon過去ログ(2009-01-03 16:11:00)

 12月27日に開始されたイスラエル軍によるガザへの空爆で、すでに400名以上のパレスチナ人が殺されました。 これほど正当性のかけらもない軍事行動はありません。

 150万人の人々が、イスラエルの封鎖措置によってガザに長いこと閉じ込められ、食料、医薬品、電気、水道などの生活必需品が欠乏した状況に追い込められています。さらに今、いつ殺されるかわからない空爆の恐怖におびえて新年を迎えたパレスチナの市民のことを思うと、深い悲しみと憤りをおさえることができません。

 世界中がイスラエルの暴挙を悲しんでいます。 
 しかし、今回も、アメリカの拒否権発動によって、国連安保理はイスラエル非難決議を出せずにいます。日本政府は、例によって、アメリカの顔色を伺い、イスラエルに強行姿勢をとりそうにありません。 

 イスラエルが今後陸上部隊による侵攻を開始したなら、大惨事になり、夥しい市民の虐殺が起こります。中東大戦争に発展する危険もはらんでいます。 一刻も早く、イスラエルの軍事行動を止めなければなりません。

 私たちにも、何かできることがある筈です。
 一人でも多くの人に、声を上げるよう伝えましょう。
 日本政府が、イスラエルの暴挙を止めるべく、しっかり外交努力をするよう要求しましょう。
 身近かな政治家にアピールを届けましょう。 
 あらゆるネットワークを使って、「ガザ攻撃を止めよ!」の声を広げましょう。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 日本国際ボランティアセンター(JVC)は、これまで共に活動してきたガザ地区の医療施設への緊急支援を開始しています。 ガザの人々のためにご協力ください!* 郵便振替で募金00190-9-27495 「JVC東京事務所」 ※通信欄に「パレスチナ」とご記入ください。  ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

| | トラックバック (0)

日本では、兵士の命がいかに軽んじられていたことか  そして今は?

typhoon過去ログ(2008-08-15 18:11:00)

「戦争の利権で儲けたい者が戦争を始め、利権とは縁のない民衆が殺し合いをさせられる。戦争を始める理由は、その時々の時流のなかで、一番反対しづらい理由がかかげられる」それが戦争というものだと、4月の「市民の声ニュース」に書きました。

 殺し合いをしたい国民はいません。みな、行かざるを得ないように追い込まれて、戦場へ行くのです。これは、どこの、どの戦争でも同じだと思います。

 しかし、日本では、兵士の命があまりにも軽く扱われた、これは他の国とは比較にならないものでした。自国民の生命・財産を守り、自国の兵士の命を大切にする、これが国家の基本だと思いますが、戦前の日本は天皇のための国家でしたから、そんな基本は通用しなかったのでしょう。

 いや、もしかしたら、今の日本もたいして変わりがないかもしれません。

 そう考えてしまうのは、つい先週 (8月5日)、東京の文京区雑司ヶ谷で起こったマンホール工事中の事故が、あまりに衝撃的だったからです。

 東京都下水道局発注の下水道補強工事中、ゲリラ豪雨で一気に増水した水に作業員6人が流され、5人が亡くなった、あの事故です。

 下水道局の職員は事故の少し前まで現場にいて引き揚げた。雨が降り始め (好意的に見て、はじめはポツポツ程度だったのでしょうが)、「上がれ」と声をかけたけれど、作業開始時に入ったマンホールだけ開けておいて、事故当時一番現場に近かった、ひとつ下流側のマンホールのふたは開けなかった。「おーい、開けてくれ」との声に気づいて、地上の作業員がふたを開けた時には、壁にしがみついていた作業員は流されてしまった。

 事故の概要はこういうものでした。あまりの凄まじさに、ただただ、辛くなります。その構造に、ほんとうに腹がたちます。

 発注者のお役人は常に安全な所にいて、「どう? 気をつけてね」と声をかけるぐらい。仕事を受注した竹中土木の社員は、地上にいて、決して現場に降りてこない。現場で汗にまみれ、危険な仕事をするのは、下請けと孫請けの作業員。もしかしたら、現場には下請けが一人だけいて、孫請けの作業員を指揮していたのでしょう。孫請けの作業員が上がりたいと思っても、「効率」「売り上げ」のことを気にせざるをえない下請け作業員は、ギリギリまであがりたくないと考えたかも知れません。

 戦争中の日本の軍隊の構造と全然変わっていないこの「現場軽視」は、日本社会の特徴なのでしょうか。

 流されまいと壁にしがみついて、地上の社員に「開けてくれ」と必死に叫んで、救いを求め、濁流にのまれた作業員の無念さを思うと、息が苦しくなります。

 東京都の職員は、規則通りにやっていて、何の落ち度もなかったと言いたげに、記者会見で涼しげな表情でした。現場で働く者に対し、「大変な仕事をしてもらっている」ではなく、「仕事を出してやっている」という感覚なのです。
 総大将の石原知事は、会見に顔も出さない。

 これが今の日本の姿です。

 現場で汗を流す者が、最も不安定で、収入も低い。発注者は、涼しく、安全な所にいて、決して手を汚すことはない。中間の下請けも、人と金の動きをやりくりするだけで、何か起きても責任を取ろうとしない。

 それでも、どの場面の者も、仕事に責任をもち、きちんとこなす熟練であったなら、この悲劇は起きなかったかも知れません。今や、利潤第一で、仕事の質にこだわる熟練工は、どの分野でも絶滅寸前です。水の流れの特徴や危険を感知する経験など持たない者が現場に投入されます。

 現場で働く者の命がいかに軽んじられていることか、この事故が強烈に警告を発しています。この事故を「予測できないゲリラ豪雨」のせいと片付けてしまうことは許されません。

 帝国日本の兵士の命も、こんなふうに軽く扱われていたのです。戦前の日本では、それが当たり前で、文句の言いようがなかったでしょう。

 今は、言えるはずなのに、誰も文句を言わない。今の日本にあって、自分の命は自分で守る、それだけの知識や情報をしっかり得て、危険だと感じたら断る、怒る、主張する、そうした覚悟が必要です。

 「誰かが国民の安全を守ってくれるはず」、「それが法治国家だ」などと、漠然と考えているだけでは、流されてしまいます。

| | トラックバック (0)

2009年4月 1日 (水)

引っ越してきました

Doblogから引っ越してきました。

| | トラックバック (1)